こんにちは!山猫の雑記ブログ管理人の山猫です。(@yamaneko_solar)

今回は鉄道唱歌(東海道篇)のお話だね。

そもそも鉄道唱歌って何だろう?
明治時代に日本全国に張り巡らされた鉄道網。その鉄道の沿線を線路をたどりつつ紹介しつづける歌が鉄道唱歌。
その第一弾となったのが、1900年(明治33年)5月に発売された「鉄道唱歌 第1集東海道篇」なのです。

随分古いお話なんだね!
ちなみに、東海道本線(実際の鉄道)は東京-神戸間を結ぶ日本の大動脈。
徐々に開通区間が増えていき、全線が開通したのが、1889年(明治22年)。
ですから、東海道本線が全線開通してから、約10年後に、「鉄道唱歌 第1集東海道篇」が発表されたという事になります。

鉄道唱歌の成り立ちはわかったよ!そろそろ今日の話題に行こうか。

今回の話題は、「鉄道唱歌 第1集東海道篇」の21番の謎に迫るのだ。
「鉄道唱歌 第1集東海道篇」の21番
「鉄道唱歌 第1集東海道篇」は、東京から神戸まで66の歌をつないでいるのだけど、今日の話題は、その21番
21:駿州一の大都会
静岡いでて阿倍川を
わたればここぞ宇津の谷の
山きりぬきし洞の道大和田建樹作詞・多梅稚作曲 (パブリック・ドメイン)
鉄道唱歌 第1集東海道篇の一部を説明のため引用しました。
さて、この歌詞は東京から、神戸へ向かって書かれているのですが、歌詞の内容としては以下のようになります。
「駿河の国で一番の大都会「静岡」を出発して安倍川を渡れば、そこは宇津ノ谷の山を貫いたトンネルの道」
と書かれているわけです。

何が問題なのかな? 東海道本線は、トンネルを通って焼津に繋がっているから間違いではないのでは?

では、次の地図を良く見てみよう。

出典は、「国土地理院」国土地理院の地図等を編集・加工 https://maps.gsi.go.jp/development/ichiran.html
鉄道唱歌で歌われている宇津の谷の洞の道は確かに静岡から安倍川を渡った先にあるのだけど、東海道本線が通っている石部トンネルからは随分離れています。

ほんとだ!宇津ノ谷峠に東海道本線は通ってないね!
なぜこのような事になってしまったのか、次章で検証したいと思います。

ところでなんでこんなマニアックな記事を書こうと思ったの?

前々から気になっていたのだけど、
最近、私の好きなYoutuberのスーツさんという方が自転車で東海道を走るという企画をやっていて、その中で、鉄道唱歌の謎についてお話しててね。
そういえばと思って調べてみたのだ。
なぜ、鉄道唱歌で、宇津ノ谷のトンネルが歌われたのか?(仮説と検証)
仮説1:鉄道唱歌を作る際に参照した資料の不備
鉄道唱歌を作る際に作者が実際に鉄道に乗ったのかどうかは分からないけれど、きっと参考にしたのが、鉄道の線路が書かれた地図。

確かに鉄道に乗っただけだと、何処を走ったのか分からないよね。
この地図に不備があったら、間違えた歌詞を書いてしまっても不思議ではないですよね!
この仮説を裏付けられそうな資料が「静岡県鉄道軌道史 森信勝 著」ISBN978-4-7838-2334-6にありました。
この本のP27にこんな図が・・・

東海道鉄道軌道史より説明のため図を引用
実は、東海道本線のルートは、計画段階から揺れに揺れて・・・どのルートを通すかかなり揉めたようなのです。そして、、静岡から岡部・焼津・藤枝に至るルートは・・・
一旦、宇津ノ谷峠を通るルートに決まったが、工事の難度の問題などで、最終的に海岸線に近い大崩海岸ルートに変更になったそうなのです。

それ以外にも、複数のルートが候補に挙がって、ルートの選定にかなり難儀していたようだよ。
ここで大事なのが、一旦「宇津ノ谷峠」を通るルートに決まった!という事。
その当時の事は良く分からないけれど、誤った情報で書かれた路線地図があってもおかしくないですよね。
鉄道唱歌は、東海道本線が出来て、わずか10年後に作られたものですから、宇津ノ谷峠を通るルートが描かれた鉄道地図をもとに、鉄道唱歌が書かれたのかもしれません。

なるほどねー。まあ、今と違って情報が限られていた可能性はあるよね!
仮説2:そもそも鉄道のルートを歌ったわけではないのでは?

鉄道唱歌を読むとね。。鉄道と離れた場所の事が書かれている事結構多いのだ。
横須賀に行っちゃう話は時勢が影響しているかもしれないので置いておくとして、
「久能山」や「三保の松原」「小夜の中山夜泣石」など、東海道本線のルートからちょっと離れた有名な観光地や史跡も歌に登場してきます。
つまり、宇津ノ谷峠の洞の道も、有名な観光地の一つとして、歌に登場した可能性があるわけです。

トンネルが有名な観光地?なんだか変じゃない?

それがね。。そうとは言えないのだ。
次に参考にしたのがこの本 「しずおかトンネル物語」ISBN 978-4-905300-19-9です。

また、マニアックな本を
この本を読むと、宇津ノ谷峠に最初に掘られたトンネルが出来たのが、「明治9年」
日本最初のトンネルは、明治4年に出来た、「石屋川隧道」だけれどもこれは鉄道トンネル。そして、外国人による設計・施工だったのに対し、宇津ノ谷の明治第一トンネルは、初の民間による施工、経営という画期的なトンネルだったようです。

なんと日本初の有料トンネルなんだって!
さらに、明治11年には、明治天皇がこのトンネルを通行するという栄誉も!
つまり、宇津ノ谷峠の隧道は、その当時では、単なる数多くのトンネルの中の一つではなく、とっても有名なトンネルだったのです。
※ ただ、歌に出てくる宇津ノ谷 明治第一トンネルは、明治29年(1896年)又は明治32年(1899年)に火災により使えなくなってしまったそうです。その後再建されて今も残る宇津ノ谷峠の明治(第二)トンネルになるのですが。。
鉄道唱歌が発表された年は、明治第一トンネルは通行できなかったようです。

なんだか皮肉な話だね!
と言うわけで、なんとなく(トンネル=鉄道)という先入観で考えると、宇津ノ谷には鉄道通っていないのにおかしいな??となるのですが、
この地域の有名な構造物として「宇津の谷の山きりぬきし洞の道」と書かれた可能性もあるのです。
まとめ
はじめから・・・たぶん分からないだろうなとは思っていましたが、なぜ鉄道唱歌に、本来は鉄道が通っていない宇津ノ谷峠が出てくるのか?という問いの答えは出ませんでした。
でも調べていくうちに、面白い話題が出てきたので、記事にすることに。。
さらに面白いのが、静岡ー藤枝・焼津間の道の変遷。
なぜこのあまり大きくない山に、12本のトンネルが掘られたのか?
東海道本線用のトンネルと弾丸列車、、戦後の軽便鉄道との駆け引きなど、面白いお話がいっぱい。さらに昔にさかのぼれば、豊臣秀吉が作った東海道。平安時代に使われた蔦の細道。。さらに遡って日本武尊が通ったと呼ばれる日本坂峠など。。
ほとんどの道が現存して通行できるのも、この場所の魅力!
もう少し調べて記事にしていく予定です。
以上最後までお読みいただきありがとうございました!
~今回の記事に登場した本はこちら~
「静岡県鉄道軌道史 森信勝 著」
「しずおかトンネル物語」
~あわせて読みたい~



コメント