静岡県磐田市 奈良時代のお寺「遠江国分寺跡」を見学しました!2019年4月6日(土)

名所案内
スポンサーリンク
スポンサーリンク

こんにちは!山猫の雑記ブログ管理人の山猫です。

皆さんは、「国分寺」という地名をご存知でしょうか?東京近郊に住んでいる方は、中央線の駅「国分寺」を思い浮かべるかもしれませんね。

実は、国分寺というのは、741年(なんと奈良時代です。)に聖武天皇が、仏教による国家鎮護のため、日本の各地に作らせた寺院なんです。

※一般的には国分寺という名前で通っていますが、細かく言うと、国分僧寺(こくぶんそうじ)と国分尼寺(こくぶんにじ)に分かれているそうです。

741年というと、聖徳太子の時代からわずか120年後。そんな時代に日本中に立派な寺院が作られたなんて想像するだけでびっくりします。

ただ、国分寺は作られた年代が古いこともあって、遺跡がしっかりと残っている場合ばかりではないようです。

今回はそんな国分寺跡の一つ、静岡県磐田市にある、「遠江国分寺跡」を見学しました。

実は、山猫は磐田に昔の寺院の跡があるとしか知識がない状態でこの、遠江国分寺跡を訪れました。

きっと、立派な寺院が立っているのだろうな・・・と思って向かったのですが。。。

遠江国分寺跡の概要

磐田市の中心部。磐田市役所の隣に位置しているのが、遠江国分寺。

磐田市の公式HPから、遺跡の発掘の歴史を引用させていただきます。

昭和26年に発掘調査が行われ、国分寺としては全国で初めて建物の配置が明らかとなり、翌年に国の特別史跡となりました。

平成18年度から行っている発掘調査で、建物の基壇(土台部分)は「木装基壇」という特殊な構造であることが分かっています。
また、塔跡からは「塔本塑像(とうほんそぞう)」と呼ばれる粘土で作られた仏像の頭部も発見されました。調査の結果、頭部は白色かオレンジ色に彩色されていたことも分かっています。

昭和26年に発掘調査とありますね!しかも、国分寺として初めて建物の配置が分かったということですから、そもそもお寺の形としては残っていなかったということになります。

現在も発掘調査は続いているようですが、いったいどんなところなのでしょう。。

遠江国分寺跡への行き方

地図で見るとかなり「遠江国分寺跡」は大きいようです。近くにあるアピタ磐田店よりも、市役所よりも、隣にある、磐田南高校よりも広い敷地みたいですね!

山猫は、国分寺の横にある広い駐車場に車を止めたのですが、どうも山猫が止めた駐車場は、磐田市役所の駐車場だったようで、、国分寺跡の駐車場ではありませんでした。(車を止めたときに「しっぺい」の絵が描かれたバスが止まっていたのでなんかおかしいなとは思っていたのですが。。)専用の駐車場があるのか?それとも市役所の駐車場に止めて見学してよいのかよくわかりませんでした。

基本情報

基本的に史跡公園となっていますので、自由に出入りできます。

場所は、JR磐田駅から徒歩10分程度。北口からメインストリートを進むと、国分寺跡につきますよ。

住所:磐田市見付3220-1

公園なので、もちろん電話はありません。

ではそろそろ「遠江国分寺跡」をレポートしていきたいと思います。

「遠江国分寺跡」を出来るだけ詳しくレポートしていきます。

さて、公園の入り口に立った山猫を待っていたのは一つの看板

見たところ、同じような看板がいくつか立っているだけで、建物らしきものは敷地の南側にあるコンクリート製の建物だけのように見えます。

この時点でかなり不安な状態。。

とりあえず、コンクリート製の建物に近づいて行ってみます。

昔はここに、南大門があったようです。後ろの建物の中に何が入っているのかはよくわかりませんでした。南大門の規模は不明と書かれていますね。

では、ここからは北に向かって進んでいきます。

一見すると、芝生が敷き詰められた広大な公園といったところ。特に史跡らしいものは見当たりません。。

次の看板は中門跡。遠江国分寺は、南側に、入り口があって、北側に寺院の建物があったようです。

さらに北に向かいましょう。

広ーい敷地の向こうにまた看板が!!なんだか看板をめぐる旅になっていますね。

ちょっと盛り上がっている所が、金堂の跡。遺跡は、発掘調査がすむと、遺跡を保護するために土をかぶせてしまいますので、ぱっと見はただの土の山にしか見えません。。

 

さらに歩くと、今度は講堂跡という記載が。。この国分寺跡の看板には、未調査のため不明という言葉がよく出てきます。まだまだ発掘調査は終わっていないということなんですね。

これ以上北に向かっても何もなさそうなので、西に向かいます。

西の端まで来ると、土塁が!ようやく遺跡らしいものが見えましたが、これは近代になって復元されたもののようです。でも、ここに塀があったのは確かのようですね。

これで西の端まで来たので、今度は南へ

ここには、なんと高さ66mにおよぶ7重の塔が立っていたそうです!

法隆寺の五重塔の高さが31.5mなのに、ここに本当にその倍以上の高さの塔が建築されたのでしょうか?でもそう書いてありますよね。。

ちなみにここには、この遺跡ゆういつとも言える目で見える遺構があります。

ただの大きな岩のように見えますが、この石が、塔の礎石だったそうです。

塔の南側には回廊跡が。本当にこのお寺は広い!ここに建物が建っていたらすごい景色だったのだろうなと思います。

遠江国分寺跡を訪れたのは、2019年4月6日。ちょうど公園内の桜が満開。本数は多くはないのですが、芝生広場の中に桜が植えられていますので、お花見にもよさそうです。

(この日は天気の良い土曜日だったのですが、お花見目的で来ている方は家族づれが一組だけでした。)

入り口近くの看板には、当時の建物の想像が書かれていました。こんなものすごい建物を当時の技術で建てることができたのに驚きです。(しかも日本中に!)

まとめ

今回は、静岡県磐田市にある、「 遠江国分寺跡」をレポートしました。

法隆寺のような古い寺院が残っているのでは?と期待して見に行くと、何も残っていないじゃないか!とがっかりしてしまうのですが、これだけ街の中心部にありながら、開発されていないのは奇跡的だということです。(確かに、遺跡の上に宅地が出来ていてもおかしくない場所です)

公園としては、広くて気持ちの良いところでしたよ!

「 遠江国分寺跡」これからの発掘に期待しましょう。

最後までお読みいただきありがとうございました!

~合わせて読みたい~

静岡県磐田市の名家「旧赤松家(旧赤松家記念館)」を見学してきました。2019年4月6日(土)
こんにちは!山猫の雑記ブログ管理人の山猫です。 山猫は、古い建物が大好き。特に明治から大正、昭和初期の建物は、外国の文化と日本の文化が程よく同居していたりして、興味がつきません。 このブログでも今までいくつも古い建築物を紹介して...

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました